とんぼ玉作家 礒野昭子(いそのあきこ)のホームページ

グリプトドンを創る

プロローグ

グラスアートのオークションサイト「グラス2H」に出品する為に、企画を考えました。
すごくおもしろくてちょっと大きい、たった一つなら自分の限界を越えてなんとかつくれる、今の私に出来るこれぞという宝物を産んでみせよう!
というチャレンジ企画です。
ところが、なんと残念なことに失敗してしまいました。
今回はその道のりを公開することで、皆さんにいっしょに残念がってもらおうという、とても残念で残念なおはなしです。

ことのおこり

10年前?いやもっともっと以前に、たった独りでロンドンの自然史博物館に訪れたことがあります。博物館の天井は高くて、床や壁も石でできたような古い建物のグランドフロアの少しへこんだ片隅にそれはありました。
茶色っぽい骨格標本。形はアルマジロに近い?でも信じられないほど大きい。

整然と並んだ骨片で形づくられた甲羅をもつ生き物を前にした時のワクワクドキドキはなんともいえないもので、鳥肌のたった心臓を優しい手で撫でられるような不思議な気持ち。

私が「グリプトドン」という巨大アルマジロのことと、人類がこの地球上に現れた後もしばらくは共に存在したのち絶滅したらしいことを知ったのはその後でした。

今回はそんなマニアックな、だけどきっと誰だって知れば大好きになるよと思える「グリプトドン」を創るという夢にチャレンジすることにしました。

構想

フォルムは玉の形にまるっこくなった「グリプトドン」。その魅力は甲羅をかたちづくる丸い板の集合。
それから、あんなに大きい身体を維持しようと思ったら、ずっと食べてるか、すごく省エネな暮らしだったに違いない、という勝手な憶測から、寝て過ごすイメージが良いなあ、と。
そういえば、アルマジロもほとんど寝てるって聞いた事あります。
寝ている生き物の姿って安心しきっていて、それを見るととても穏やかでゆたかで幸せな気持ちにさせられるものだから、この作品も見る人手に取る人にそういう気持ちを引き起こさせるものにしよう。
外側の意図とイメージは決まりました。

そして、ガラスならではの楽しみと、飽きのこない不思議さを作品に加える為に甲羅の一部を透明にして窓をつけ、そこから内側を覗きこめるようにしよう。
そして、中には植物を思わせる、不思議な物体をそこここに配置しよう。
こうして全体の方針は決まりました。

作品の意図やアイデアは思いついた時に文章で書き留めていきます。
意図やニュアンスが固まるまでは、できるだけ絵は描きません。
想いがしっかりしたイメージになったら、こういう風に下絵を描くこともあります。

試作や実験

右の玉は目のパーツをつくってみてテストしたもの。 これを参考にして目の大きさやつぶし方を決めます。 左側の玉は色ガラスの銀箔反応のテスト。 ガラスの色によって、反応の度合いと色合いが違うのでそれの確認です。 これを参考にして甲羅の地模様をつくるパーツをひきます。

本番に入る前に、三次元でのフォルムの確認と、手順の確認の為に透明ガラスで試作品をつくってみました。

すでにかわいい! だけど、これは意図とは少し違うかわいさです。 なのでフォルムをつくる手順やバランスを頭の中で調整。構想の意図を活かすために、頭やしっぽがもっと甲羅に埋まり込んだようなまるっこい、ギュッとなった感じにつくれるように頭の中と紙の上でシュミレーションしてみます。
それにしても、この子ですらけっこうハードだったものだから、本番の製作に入るには精神統一というかちょっとした決意が要りそう。

いよいよ本番

先ず中に仕込む予定の植物のような部品をつくって用意しました。
ここから先は休憩もやり直しも油断もできない時間がはじまります。
集中力がきれないよう、気持ちのコントロールをしながらガラスと火にむかいます。
苦しくて楽しい時間の後、最後にグリプトドンを火の中で温度調整し、除冷用の藁灰にそっと埋めます。 その時のなんともいえない気持ち、 ほっとして、心配で、神経は興奮。 もうあとは何もできる事はありません。 ただゆっくりと冷めるのを待つだけです。

結果

一日経って、灰から上げたグリプトドンは、ずっしりと重く、周りについた灰を落としてやると、なんとも渋くてかわいいこと。 甲羅の側は、透明の部分に植物のようなものが見える鉱物の塊のようで、だけどぐるっとまわすのごろんごろんのグリプトドン。

ところが、できあがった次の次の日、撮影しようとカメラと作品を太陽の下に持ち出した時に、頭部の透明部分にきらっとするものが。あれ? クラックです。(このページの2枚目の写真をよく見るとわかります)

このガラスは膨張率がとても高くて、温度を下げていくときにひずみが残ると後の割れやヒビに原因になります。 そのかわり、上手にひずみをとってやると、とても安定した状態で仕上がるというガラスなのです。 安定した状態だと、例え物に当てて欠けることがあってもパリンと二つに割れることはないというガラスなのです。

また、ガラスは押しの力にすごく強く、引っぱりの力にすごく弱いという特性をもっています。

それをふまえてクラックの入ったグリプトドンをみてみると・・・ 終盤に付けた手(左手)が頭と甲羅のふちにまたがって付いていますね。 外径の大きい甲羅が冷める時にずいぶん縮んでいるはずなので、それにひっぱられた左手が、本体と頭部の一部をひきはがしちゃってるのですね。(涙)

ともかく経験は積めました。(涙)
得たものはこれからに活かしましょう。(涙)

と、いうわけで・・・

あばれ玉

当初の企画、グリプトドンをたった一つの宝物(稀モノ)として2Hに出品するという企画はこういう訳で実現することができなくなりました。

せめても、ということで、今回はこのグリプトドンを創る過程で製作した「あばれ玉」を出品させていただこうと思います。

このあばれ玉には下絵のコピーをおまけにおつけします。

「生でどういうものか見たいっ」と思われる方は今月5/21の京都は東寺における弘法さんに持って行ってますので、触りに来てください。
失敗した本番の「グリプトドン」(非売)とあばれ玉の「グリプトドン」ともに携えて弘法さんでお待ちしております。

ちなみに「あばれ玉」の意味は Town Information に楽しい説明がありましたので
リンクを貼っておきます。どうぞご覧になってください。

あばれ玉グリプトドンのその後

2012年5月、グラスアートオークション2Hに出品されたグリプトドンのあばれ玉
「グリちゃん」は、最終日に入札が大盛りあがり。最終的に10万円越えの評価をいただき落札されました。
その後落札者さんには、あばれ玉「グリちゃん」に完成品の写真とその他の下準備やテストの為のピース、構想や下絵のプリントを添えてお届けしました。
そしてわくわくどきどき談と喜びのメールをいただきました。

本製作失敗というアクシデントに見舞われた中での今回の企画を、見守ってくださった皆様、ありがとうございます。
そして私の活動を応援してくださっている皆様、楽しみを共有してくださっている皆様すべての方に、ありがとうございます。

礒野昭子拝

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